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会津藩祖・保科正之公を祀るーこどもと出世の神様ー

土津神社(はにつじんじゃ)|ーこどもと出世の神様ー

会津藩祖・保科正之公を祀り、1675(延宝3)年に造営された神社。
正之公は、寛文12年(1672年)8月21日に自ら猪苗代に参られ見禰山に登って墓地を定め、「我が身はここに納めてくれ」と家臣に命じられました。
この地が若松城(鶴ヶ城)の丑寅の方角(鬼門)にあたることからこの地に眠ることで會津藩を守ろうと考えたようです。
重厚な感時門や廻廊、透塀などを持つ荘厳華麗な神殿造りの社殿は「東北の日光」と言われましたが、明治戊辰戦争の際に消失し、1880年(明治13年)に現在の拝殿が再建されました。

土田堰の橋を渡り、白大鳥居をくぐって「男坂」と呼ばれる石段を登ると拝殿があります。拝殿の右手前の高い石碑が日本一と言われる「土津霊神碑」(高さ7.6m、重さ30t)です。本殿の左右には鉱石のあった家臣などの末社が鎮座しており、そこから杉並木が続く玉石を敷き詰めた山道を500mほど登った奥之院には保科正之公のお墓があります。
桜・紅葉の名所の一つで、春は桜、夏は爽やかな双葉葵や青もみじ、秋は彩あざやかなイロハモミジ、冬は枯れ木に咲く雪の花と趣のある境内が広がります。

<「土津」の由来について>
「土津」は、「万物の理(神道の奥義)を究められた会津藩主」という意味です。
正之公は、晩年に至るまで神道を尊信し、寛文11年(1671年)に吉川惟足から霊号を「土津」と奉られました。
五行思想では「木・火・土・金・水」から万物がなると考えます。その中でも「土(つち、はに)」は、​​宇宙構成要素の根本であって、土から生まれ土に還ると言うように万物の始めと終わりを象徴するもので、その理を体得したことから、會津の「津(つ)=會津藩主」と合わせて「土津」と名付けられました。

 

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INFOインフォメーション

名称 土津神社(はにつじんじゃ)|ーこどもと出世の神様ー
(ハニツジンジャ)
電話 0242-62-2160
住所 〒969-3102 福島県耶麻郡猪苗代町字見禰山3 アクセス
公式URL https://hanitsujinja.jp/
TEL:0242-62-2160

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【拝殿】
土田堰の橋を渡り、白大鳥居をくぐって男坂と呼ばれる石段を登ると拝殿があり、拝殿の右手前にはひときわ高い石碑が日本一と言われる「土津霊神碑」(高さ7.6m、重さ30t)です。


【末社】
拝殿から奥に幣殿・本殿と続き、本殿の左右には功績のあった家臣などの末社が並んで鎮座しています。
右側の末社のすぐそばに杉並木が続く玉石を敷き詰めた参道があり、奥ノ院(保科正之公のお墓)へと続きます。


【参道】
参道を北に500mほど登った奥之院には、保科正之公の奥津城(お墓)があります。
正之公のお生まれになった5月には氏子崇敬者と地域社会の安寧と隆昌を祈念する「春季大祭」が、ご逝去された12月には保科正之公の事績を振り返り、偲ぶとともに氏子崇敬者と地域社会の安寧と隆昌を祈念する「御祥忌祭」が執り行われます。