会津若松市【戊辰150周年】イベント情報 【会津若松市】

戊辰戦争から150年。「義」の想い つなげ未来へー。

戊辰戦争とは

戊辰戦争とは(ぼしんせんそう)
1868年 から 1869年の1年をかけて、明治政府を樹立した薩摩藩・長州藩・土佐藩らを中核とした新政府軍と、旧幕府勢力および東北の奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)が戦った、慶応4年、明治元年の日本国内で起きた戦いです。その年の干支が戊辰であったことから戊辰戦争と呼ばれるようになりました。


【1867年大政奉還】
264年続く江戸幕府の終わり


薩摩藩、長州藩に、15代将軍徳川慶喜を追討し江戸幕府を倒すための「討幕の密勅」が下されます。
1867年、徳川慶喜は、倒幕の勢いを抑えることが出来ず、政権を朝廷に返上する大政奉還を京都の二条城で行いました。


【王政復古の大号令】
クーデターによる新政府成立


大政奉還後も実際には、慶喜が政権を担っていました。しかし、慶喜が自ら朝廷に政権を返すことにより、武力による倒幕と慶喜の追討ができなくなった薩摩藩と長州藩は、御所の門を包囲し明治天皇は、新政府成立を宣言する「王政復古の大号令」を発します。


【徳川慶喜への辞官納地】
西郷隆盛の策略


幕府が廃止され、新政府が成立したその日に、慶喜に対して将軍の地位と領地を取り上げることが、三職会議で取り決められました。
旧幕府側は、その処遇に強く反発し、緊張が一気に高まりました。大阪の慶喜は、辞官納地と引き換えに新政府の議定に任命されるべく上洛の準備をしていましたが、武力討幕を支持していた西郷隆盛が、旧幕府側が戦の発端になった既成事実を得るために、500名程の浪士に江戸市中で挑発行為をさせたことから、旧幕府側が薩摩藩邸を襲撃します。討薩の声が高まる中、慶喜は主戦論を抑えることが難しくなり、戊辰戦争が始まることになります。


【鳥羽・伏見の戦い】
新府軍に掲げられた錦旗


新政府軍の決定に反発した会津、桑名などの旧幕府側が、京都へ軍をすすめようとします。しかし、薩長を中心とする新政府側が遮ろうとし衝突します。強行突破で軍を進めようとする旧幕府軍は、薩摩軍の訓練された洋式軍隊の攻撃を受け追い込まれてしまいます。
そんな中、新政府軍は軍事総裁だった仁和寺宮嘉彰親王を征夷大将軍に任命し、天皇が朝敵討伐に与える節刀と錦旗を授けたことから、新政府軍は朝廷の官軍、旧幕府軍は朝敵の賊軍の扱いになってしまいました。新政府軍の掲げた錦旗で、士気の下がった旧幕府軍は大阪へ撤退することになります。


【江戸城無血開城】
上野彰義隊結成


江戸に戻った慶喜は、陸軍総裁に勝海舟を任命します。勝海舟が西郷隆盛と旧知であったことから江戸城の総攻撃は中止になり、「無血開城」することになりました。慶喜は、上野で謹慎生活に入ります。慶喜の朝敵の汚名を拭うため3000人の家臣らの「彰義隊」が発足するも上野戦争で敗れてしまいます。


【東北戦争】
奥羽越列藩同盟
(おううえつれっぱんどうめい)

京都守護職の会津藩と江戸市中取締の庄内藩は新政府軍に恨みをかっていました。赦免の為の嘆願書を東北諸藩の列藩会議により提出しますが退かれ、新政府軍との会談が決裂したことから奥羽越列藩同盟に東北31藩が加わり戦うことになります。
白河城攻防戦、二本松の戦い、どんどん進軍する新政府軍に米沢藩、仙台藩が降伏。福島、上山、天童次々と降伏していきます。同盟崩壊も同然になりいよいよ庄内藩も新政府の軍門に降りました。


【会津戦争】
白虎隊の悲劇


慶応4年8月21日(1868年10月6日)、戦いが降雪期に入り長引くことを嫌がった新政府軍が、会津城下に続く母成峠に主力部隊を送ります。旧幕府軍の伝習隊や新選組などが抗戦します武器の性能のさもあり突破されてしまいます。
会津藩は、十六橋を落として進軍を止めようとしましたが間に合わず、激戦となった戸ノ口原では、白虎隊士中二番隊も戦いましたが一気に攻め入られ、新政府軍は城下へ。敗れた白虎隊士は、城を守るために引き返します。しかし飯盛山で城下が炎上するのを見て、自刃を選択してしまいます。
8月23日に新政府軍が外郭門を突破。会津藩士は城へ向かいましたが、戦えない婦女子や老人の中には、足手まといになるのを恐れ自害するものが多数いました。
一カ月に及ぶ籠城戦の中、砲撃で抗戦した山本八重や娘子隊の中野竹子は薙刀で戦い、城内に打ち込まれた砲弾を発火寸前に塗れた生地で包み消火あたった女性たちも共に戦いましたが、9月14日に新政府軍の総攻撃が開始されると、1日に2500発の弾丸が打たれ、これ以上藩士や領民を傷つけまいと、容保は遂に降伏を決意。9月22日鶴ヶ城北の追手門へ降参と書かれた白旗があげられました。
戊辰戦争で亡くなった会津藩士は約3000人、自害した婦女子は233人にのぼります。


【箱舘戦争】
戊辰戦争の終結


新政府軍との戦いに敗れ続け北上していた旧幕府軍の大鳥圭介、新選組の土方歳三達は蝦夷(北海道)で戦うことを決意します。
一時蝦夷地を平定し箱舘政権が誕生しましたが、新政府軍の総攻撃で5月18日に降伏し、五稜郭の戦いは終結します。
1年5ヶ月に渡るすべての戊辰戦争が終結した日でもあります。