会津若松市のシンボル|鶴ヶ城(つるがじょう) 【会津若松市】

Tel:0242-27-4005

国内唯一の赤瓦の天守閣

会津若松市のシンボル|鶴ヶ城(つるがじょう) 【会津若松市】

Tel:0242-27-4005

詳細情報

■名称
会津若松市のシンボル|鶴ヶ城(つるがじょう)
■フリガナ
ツルガジョウ(アイヅワカマツジョウ)
■住所
〒965-0873
福島県会津若松市追手町1−1
■TEL
0242-27-4005
お問合せの際に「ぐるっと会津を見た」とお伝えいただくとスムーズです
■公式サイト
http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html
■備考
会津ぐるっとカード提示で鶴ヶ城・麟閣共通入場券割引!

写真

西出丸堀からの眺め

西出丸堀からの眺め

鶴ヶ城北口より西出丸駐車場までの車風景が素晴らしいと話題です。
その西出丸駐車場の奥。堀を挟んだ石垣の眺めは地元の人しか知らない場所です。

武者走りの石垣

武者走りの石垣

武者走りの石垣は大手門の渡り櫓へ簡単に昇降出来るようにV字型に造られています。
刀や槍がぶつからないように、左から登り右から降りるという決まりごとがあったそうです。

この画像にも映ってますが、よく見るとハートの形の石垣があります。

二の丸廊下橋

二の丸廊下橋

蒲生時代までは、橋の架かっているこちらのほうが鶴ヶ城の正面入口でした。 葦名時代には橋に屋根が付いていたので廊下橋の名前が付いたそうです。 加藤時代に廊下を壊して橋だけになりましたが、橋の架かる石垣は扇の勾配と呼ばれ、高さが20mもあるため有事の際はこの橋を落とせば、敵は本丸には容易には近づけないようになっています。

鐘撞堂

鐘撞堂

城内金撞堂に時守をおいて城中、城下に時刻を知らせていました。 戊辰戦争の時、1ケ月の籠城中も普段と同じように開城まで正確に打ちなされました。 そのため時守は新政府軍の標的とされ、次々と倒れました。 それでも交代で打ちならし続け開城の最後まで正確に時を鳴らし、あきらめず戦う会津の人たちを士気を高めました。
この金撞堂では、今でもボランティアの方が正午の鐘を撞らします。

会津武徳殿

会津武徳殿

戦前の昭和9年武道を愛する市内の篤志家たちの寄付により北出丸に建てられました。 剣道をはじめとする武道、薙刀や弓道など武道奨励のための道場です。

鉄(くろがね)門近く

鉄(くろがね)門近く

 本丸側の鉄門向かって右の石垣には小さなハートが隠れています

椿坂を上った右手の石垣

椿坂を上った右手の石垣

魔除けの意味がある鏡石。直径2メートル奥行3メートル推定7,5トンの大きなもので会津藩の力を象徴する石です。 加工度の高い切り石を組んだ技巧的な鏡石で大きな石の回りに小さい石を並べるのを「笑い積み」というそうです。 石を運搬する時に、あまりの重さから遊女が石の上で踊って人足を励ました、との言い伝えから「遊女石」とも呼ばれています。

お城ボくん

お城ボくん

本丸の入場券売り場の前でお出迎えをしています。 お城ボくんのキャラクターデザインは、本市出身でまんがやアニメの世界で活躍されているタツノコプロダクションの笹川ひろし氏。 平成23年にリニューアルされた赤瓦の「鶴ヶ城」をモチーフにお城とロボットが融合した笹川氏らしいデザインです。ちなみに、「行け行け!お城ボくん」という、お城ボくん応援ソングもあります。

天守からの眺め

天守からの眺め

走り長屋から鉄門が一望できます

鉄門からの眺め

鉄門からの眺め

鶴ヶ城内唯一、氏郷・忠郷・加藤の三時代の石垣がこの場所から望めます。
  鎌倉後期の自然石をそのまま積み上げる「野面積み(のづらづみ)」に始まり、関が原の合戦以降盛んに用いられた、表面に出る石の角や面をたたき、平たくする「打込み接ぎ(はぎ)」、江戸時代初期から多用された、方形に整形した「切込み接ぎ(はぎ)」があります。